統合失調症の研究

2022/06/10

臨床、あるいは地域で患者さんを長年見ていないとわからないことですが、研究のデータやエビデンスは大切ですが、他方では点と線に過ぎず、そもそも研究すらされていない、あるいは研究すらできないような手つかずの大きなテーマがたくさんあります。

つまり人生とか幸福とかアウトプット自体が複合要因であり研究のデザインが困難な場合や長期で大量のデータ、あるいは大規模な予算や労力が必要だとか、研究成果が評価されにくい、その他何でもいいですが、科学の分からない手つかずの部分が広大に広がっています。
その上精神科でなくても時間の経過は色々なものを変えてしまいます。

社会の変化は古い研究成果が役に立たない、あるいは有害である場合さえあります。 結局研究だけや経験だけにとらわれない総合判断によるしかないわけですが、現代は特にコミュニティケアの時代ですから家族や地域、多職種連携やチーム医療、専門分化などで多くの人の意見を聞きつつ、患者さん自身、そして時に家族の判断や決断にゆだねられます。


統合失調症のイメージ

最近ことに大切なのは一次予防の研究の進歩です。 時間が経てば社会も進歩しますし、社会的、経済的、政治的、科学技術的にも成長します。

戦争で数十パーセントの人口が死んでいるような対象世代は高齢になり話を聞ける貴下は全然なくなってしまいましたし、昭和世代でも昔のことを聞ける機会があるのは戦後世代だけになってきました。 昔はよかったと美化される場合もありますが、やはり昔より今の方がいいことも沢山あります。

統合失調症の軽症化やケアの進歩や新規発症患者の長期入院の減少は明らかです。
全人的医療という言葉もありますし、人間学的精神医学という言葉もありましたが、統合失調症の当事者でもそうでない人でも統合失調症と付き合うことは全人生と関わることになる場合があります。


統合失調症についてネガティブな面ばかり書いてきましたが、統合失調症を発症した人、あるいは統合失調集を発症する前の方で人類にとって重大な功績を残した天才がたくさんいらっしゃいます。
沢山いらっしゃりすぎるのと、その業績が偉大過ぎることは昔から知られていて、精神科では病跡学という精神疾患と天才の関係を研究する学問さえあるほどです。

近代の思想と哲学を乗り越えるために現代哲学と現代思想が生まれましたが、そこでは統合失調症をネガティブにとらえず、統合失調症的な特徴を持つあり方を個人にも社会にも取り入れていくことが理想であるというビジョンが提示されました。

1970年代から1980年代の分化は圧倒的に現代哲学、現代哲学を通じて統合失調症的なものの影響を受けています。
近代主義、近代哲学の権化たる共産主義諸国の非共産化と冷戦の終結は、共産圏の人たちが現代思想や現代哲学的な文化、芸術やエンタメ、生き方を自分たちよりクールだと感じたのがきっかけでした。
特にベルリンの壁の崩壊がそうです。