メンタルクリニックで見る脱水

2022/03/07

隠れた脱水

 脱水症という言葉はみなさんご存じでしょう。
「夏場は脱水症に注意!」というようなキャッチフレーズにも使われます。
ひどい脱水症でぐったりしている場面を何かで見たことがあるかもしれません。

ここでは心療内科・精神科のクリニックでみかける軽い脱水を紹介します。

心療内科や精神科のクリニックで重度の脱水症ではなく軽度の脱水症、あるいは脱水症とまでは言えない脱水症の前の前脱水状態で、比較的慢性、反復性、あるいは季節や時節に関係してみられるので生活習慣や年や年度の時期、仕事や家庭の状態や気温や気圧などと関係して変動するようです。

 人間の体液量や電解質バランスは夏に限らずいつの季節にも1日の中でも変動します。
若くて元気な人であれば多少の脱水や電解質変動があっても体調の異常は感じないかもしれません。
しかし体が弱い子供やお年寄りや普段からいつも体調に不調を感じている人、自分を不健康さを体感している人は脱水でも電解質異常でも軽度の身体の変化でも身体愁訴や不定愁訴が生じたり悪化したりすることがあります。

 精神科外来で見る軽い脱水、あるいは前脱水状態について解説します。

気付かない脱水

 のどが渇けば飲み物を飲めばいい、と言うのであれば脱水も簡単なのですがそうでない場合がたくさんあります。
そもそも喉が渇いてしまっている段階ですでに手遅れでちょっと脱水になってします。
脱水でちょっと体調から崩れてしまってから補液しても症状改善に時間がかかったり、体調不良感をそのまま引きずってしまう場合があります。
ですから脱水は予防が大切です。

 アメリカの軍隊やスポーツ医学では体がどう感じるかに関わらず定期的に補水、補液をさせます。
のどが渇いてから自由に補液させるよりその方がいいという科学データが出ているからです。

脱水なら喉が渇きそうですが喉の渇きを感じないのに脱水であることがたくさんあります。
倦怠感や疲労感だけ感じるので疲れやストレスや寝不足と判断される場合もあります。
気持ち悪さと食欲低下を訴える人にスポーツドリンクを飲んでもらうと症状がなくなってしまう場合もあります。
気持ち悪く食欲がなくても気持ち悪さを感じず飲み物を飲めます。
頭痛や肩こり、めまいを訴える人に経口補液してもらうと症状が改善したりします。

 この症状がひどくなってストレスや疲労、寝不足があったり回転性のめまいがあったりするとメニエール病をはじめとする内耳性のめまい症と診断されたりします。

 逆に頭重や疲労、立ち眩みやふらつきなどを感じる段階で経口補液と休憩を取ってもらうただけでメニエール病などの発症を予防できます。

 メニエールはないリンパ浮腫が原因と言われていて体液の異常が病因、病理になります。
内耳の異常やがん税疲労なども頭部や首、肩、背中などのこりと連動することが多いです。

 脱水になるとこむら返りになりやすくなったり寒さのように筋肉が固まりやすくなったりしてけがをしやすくなります。
後で触れますが日本人は昔より普段の体液が減少していると考えられます。

 数十年にわたる減塩指導と低炭水化物、高蛋白質の食事の流行、健康意識の高まりなどが関係していると思われます。
日中国交回復後中国に東洋医学の勉強に留学なさった先生方が帰国時日本の空港にいる日本人の顔がむくんで見えると仰っておられました。

 体液過剰で起こる不定愁訴を日本漢方では水毒と言います。
日本食は健康的な食事ですが昔は炭水化物と塩分が多くてそれによる長所短所がありました。
おそらく昔の日本人の方が体は小さいけれども保水なしで耐久力があり長時間働けるなどの面があったのでしょう。

 またダイエット志向で食を抑えると食事からの水分摂取が減少します。
一般的には水分摂取は飲み物の摂取よりは食事からの摂取の方が量が多いのです。

 脱水は脱水特異的な症状がなかったり、他の病気と同時に起きたりするので脱水の存在を見落とすことがあります。
救急患者にとりあえず血管確保して点滴をするのは救急患者が体調不良や食欲低下で脱水状態になっていることも一つの理由です。
急性腹症と呼ばれる急な腹痛は救急外来を受診してお半分以上が検査で原因不明です。

 静脈確保は採血や薬剤投与など複数の理由で行われますが静脈ルートを確保するために点滴していると検査結果を待っている間などに症状が消えてしまい帰宅と自宅観察になる患者さんが多いのは自然に痛みが引いてしまう場合もありますが、こういう場合は点滴静注による補液が効果があった場合も多いのでしょう。

脱水は多様な症状を起こす

心療内科や精神科には原因不明の身体愁訴と不定愁訴の患者さんが多くいらっしゃいます。
多くの心療内科や精神科の患者さんは普通心の苦しさだけではなく体調不良感を同時に持って通院しています。
また他の科で検査しても異常がなく、薬も効かず、心療内科や精神科受診を勧められたり自ら行き着くことはよく見られます。

 精神疾患、あるいは精神状態により様々な身体症状が生じてその殆どが非特異的で脱水でなくても起きる症状です。

 脱水は我々がイメージするような脱水で起こりそうな症状だけでなくなぜ脱水と関係あるのか分からないような非常に様々な症状が生じます。
教科書では脱水症を臨床診察するのに喉の渇きや口喝、皮膚ツルゴールの低下、粘膜乾燥、頻脈などを見るとあります。
しかし脱水症でおこるのはもっと様々な症状です。

 疾患に特徴的な症状もありますが、だるいとか食欲が出ないとか疾患の種類に関係なく色々な疾患で出る症状を非特異的な症状と言います。
脱水は全身に関係しますのでその非特異的な症状がもともと出やすいので一般に知られる倦怠感や粘膜乾燥や口喝や皮膚の弾力や頻脈以外にも非常に様々な症状がでます。
そのうえ教科書で臨床診察確認するとされる症状もよく分からない場合があります。

とくに所見の患者さんなどは分かりにくい場合が多いです。
入院などで毎日様子を診察している患者さんには脱水が敏感にわかります。

 脱水症は脱水以外の色々な異常が併存することがあります。
脱水以外に併存する疾患に目が行って脱水が軽度な場合には見逃したり微妙でも体液バランスを軽視しがちになります。
そもそも倦怠感や疲労感があるだけで人間は色々な体の局所の症状や精神的な影響を受けやすいのは皆さんも経験があるでしょう。

 体液は体全部に関わっているということから考えてみても色々な症状が出る可能性があることは分かると思います。
また脱水はそこに至る経緯により症状や状態像が変わります。
脱水だけでなく他の病態も複雑に複合している場合が多いため前脱水状態や軽い脱水は軽視したり気付かなかったり見逃しがちになることもあります。

 救急で搬送されるような全身状態や意識状態の悪い患者さんはまず血管確保して採血や輸液の点滴を行いますが、この一つの理由は状態の悪い患者さんは飲食ができておらず脱水状態になっている場合が多いからです。

 一次救急や二次救急の患者さんは救急受診しても検査異常がみつからず原因不明の事が少なくありません。
例えばお腹の緊急の不調などを急性腹症といって救急車でよく搬送されてきますが検査異常がなく原因不明のことが多くあります。
診察や検査で待っている間に改善して検査異常もなくベッドで寝ているうちに症状もなくなって家に帰されるケースを経験したことがある人もあるでしょう。

こういう場合、脱水が関わっていることがよくあります。
点滴注射による輸液で脱水が改善すると元気が戻ってくるわけです。

集中や熱中、夢中な時には交感神経が亢進しているので体調の悪さは感じていなくても自覚ないうちに体液量が減っている場合があります。
集中のスイッチが切れたときに気が付くと疲労感や倦怠感、テンションの低下、頭部や頸肩腕、背中など筋肉、骨、間接の違和感、頭部の頭重感や違和感、めまいやふらつき、皮膚の違和感、口喝、食欲低下など感じているときがあるでしょう。
こういう時に疲れや体調の変化とともに脱水などの体液異常、迷走神経や気分や思考などの心理・精神的な変化がある場合があります。

なんとなく脱水というとのどの渇きで判断されそうですが、脱水の種類によってのどの渇きを感じにくい食欲も出ない場合があります。
その場合にのどの渇きや食欲のなさに従って水分や食事を取らないでいると更に脱水が進み、更に水分補給や食事の意欲がなくなって悪循環が生じる場合があります。
また集中や熱中、夢中の間隔の時には仕事が捗っているように主観的に感じやすいですがそういう場合には自覚はしていなくても知力や身体能力、仕事のパフォーマンスは本人が集中しているつもりでも落ちている場合があります。

長時間同じ仕事を続けているとつい同じミスを繰り返して同じやり直しを繰り返すことがあります。
脱水の厄介なのは自覚できない場合があることです。

喉の渇きは脱水の指標になる時もありますが脱水でものどの渇きを感じない場合もあります。
脱水では気持ち悪くなる、つまり吐き気を訴える方がいらっしゃいます。
吐き気はだいたい食思低下を伴います。

嘔気や食思不振でのどの渇きを感じない場合は脱水が進行しやすいです。
ただ脱水の場合は嘔気があっても飲むことは出来て特にスポーツドリンクやジュースなど飲みやすい飲みものは飲んでも気持ち悪くならず逆にそう快感を覚えます。
嘔気や食思不振のような胃腸などの消化器症状も出やすいですが、頭痛や頭重感、ふらつきやめまいなどの症状が出ることも多くあります。

脱水でも熱中症でもその他の色々な状態でもそうですが体には比較的影響を感じやすい、あるいは症状を感じやすい臓器や機関があって、脳や消化器官はその最たるものであり、逆に腎臓や肝臓は沈黙の臓器と言われたりします。
経口補液はいずれにしても症状改善に寄与しますが一回コンディションを崩すと体調不良感がすっかり消えず残る場合もあります。

ですから脱水は予防が大切です。

スポーツ時や軍隊の行軍などでは定期的に決まった時間での補液をとることや、その必要性の教育や、あるいは司令官やトレーナーによるしつこいくらいの経口補水の指導があります。

しかし重い脱水症が起こりにくい分野では脱水に対する啓発や教育はありません。
ですから脱水の知識がなく脱水に対する感度不足の場合があります。
いわゆるホワイトワーカーと言われるデスクワークで事務仕事やコンピュータと向かい合っている方がそれにあたります。

座り仕事と脱水

 夏場は熱中症が起こりやすく、熱中症のタイプの1つが脱水集ですし、それ以外の電解質異常や熱射病にも多かれ少なかれ脱水が混在しています。
これは年配者や部活の子供、野外労働をしている人などに多いのです。

例えばデスクワークがメインのホワイトワーカーの人は基本的に自分には脱水は関係ないと気にしませんし知識もありません。
しかし心療内科や精神科のクリニックで診療していると、ホワイトワーカーの患者さんでも軽度の脱水や体液バランスの不均衡を思わせる症例が見られます。

分かりやすいのは午後や夕方、夜に仕事終わりにいらっしゃる患者さんです。
顔色や頬がこけて見え口は乾き、表情に生気なく、話しや動作の量が少なく、スピードも遅く緩慢です。
仕事帰りで当然疲れているのでしょうが、これに加えて脱水の傾向が見られます。
場合によっては低血糖やコーヒー飲みすぎの離脱症状などもあるかもしれません。

 現代のデスクワークはコンピュータの前で姿勢が固定されます。
集中していた仕事が多くて急いだりすると2時間、3時間と座ったままで作業することになりがちです。
こまめに補液しないと実はパフォーマンスが下がるかもしれないという知識がなければ、飲食も忘れて作業することになります。

 集中している時や交感神経が働いている時には人間は渇きには鈍感です。
寧ろぶっ続けで休憩を取らずに仕事に熱中していれば高い充実感や達成感を得られて満足できるように感じるかもしれません。
そもそも昭和生まれの世代では部活や作業中に飲水してはだめだという教育をうけている場合すらあります。

 昔の水で伝染病が発生し易かった時代や、規律を重視した時代の名残でしょうか。
あるいは渇きの中でどれだけ頑張れるかがステータスであった時代があったのかもしれません。

 現代は例え事務仕事であれこまめな補水、補液が大切です。
疲れてから、乾いてからでは遅いです。
戦わずして勝つのが上策です。

 そもそも疲れない、乾かないのが一番です。
デスクワークの問題点の2番目は体液循環と体液分布に支障が出ることです。

 人間は寝た姿勢であれば極力重力の影響なく体液を循環できるでしょう。
しかし立った姿勢でずっといると重力の影響で体液が体の下の方に落ちていきます。
そうすると体の上の方は体液不足になります。

 体循環で優先されるのは脳です。
立つと血が下へ落ちてしまうのであれば臥位から立ち上がると頭に血が回らなくなってしまうのではと思うかもしれません。
実際それが起こることがあって立ち眩み、あるいは起立性低血圧といいます。

 自律機能の主役である自律神経系の機能障害や末梢動脈の抵抗を変えることで血圧や血流調整を行う血管運動性の機能障害で起こります。
そのまま意識を失ってしまうこともありますが体は出来るだけ脳への血流を維持するように働きます。
心臓は脈拍を上げ心拍出量を上げようとしますし、脳以外の末梢の血流を減らすことで脳への血流を確保します。

 体中に動脈が張り巡らされていて血管ごとに血管内圧は違います。
一般に血圧と呼ばれているものは心臓から拍出された直後の大動脈の血管内圧の測定を目指しています。
それに一番近くて太いため血管内圧の減衰が少なくてカフを巻いて聴診できる血管が上腕の動脈なので普通血圧と言うと上腕の動脈の血管内圧を指します。

 頸動脈も同じ条件を満たしますが首にカフを巻いて締め付けるわけにはいかないので採用されていません。
血管内圧は重力の影響を受けるので図る際には図る動脈の高さを心臓の高さに合わせます。
上腕の高さを心臓に合わせないと程度に応じてかなり不正確な血圧になるので注意が必要です。

 動脈や静脈の血管内圧も、血管外の間質液の圧力も重力の影響を受けます。
立位では体の下の方に体液が集まり下肢から体液が心臓に戻るのは大変です。
同じように体の上の方では重力に逆らって血液を送るのは大変です。
従って下の拡張期血圧は立位で測定した方が臥位で測定するよりも高くなります。

 これは立位でも重力に負けずに拡張期にも血流を脳に上らせるためです。

 血管内圧は電磁気学のオームの法則のように抵抗による減損があり、皮膚は柔らかいので間質圧は一部皮膚の拡張に働き皮膚により押し返される力も減損があります。
固いが容積拡張しないように体の下の方程真皮が厚い傾向があります。

 まとめると立位では体液を循環させるのが大変で特に心臓に負担がかかります。
心臓以外の循環系にも負担がかかります。

例えば立ち仕事や満員電車での通勤時間が長い人は下肢静脈瘤ができやすくなります。
他方で臥位では体の高低差が少なく重力の影響を受けにくいので心臓をはじめとする循環系に負担がかかりにくくなります。
それでも重力の影響があるので死亡した場合死体の下側には死斑と言う血液の貯留が生じます。

 座位も立位よりはましですが心臓に負担がかかります。
エコノミー症候群は有名です。
また座り仕事の人は体を動かす仕事の人に比べて寿命が短い傾向にあると言われています。

 臥位は心臓の負担が少ないです。
更に負担を下げようとするとショック位と呼ばれるような体位があります。
例えば臥位で両脚を持ち上げれば脚の体液が脚より頭側に集まるので心臓の負担が減ります。

 更に心臓の負担を下げる方法として体を包む媒質の圧力を上げる方法があります。
素潜りで100m潜れば11気圧が体表にかかり四肢や腹部臓器が圧迫されて血流が減少、胸郭に守られた心臓や肺と頭蓋骨に守られた脳に血流が集中し循環抑制により心臓の負担が減り心拍数も心拍出量も減ります。

 逆に例えば体を圧す気圧が低下すれば身体が膨張します。
血管内圧が血管や血管外の組織、細胞、細胞間質の繊維や基質、間質液を押し、血管外の組織、細胞、細胞間質の線維、器質、間質液は皮膚を内側から押します。
皮膚は伸び縮みするので内側から圧力を受ければ外側に拡張しようとしますが、皮膚を外側から押す媒質の圧力が低ければ皮膚が拡張しやすくなるからです。

 これと似たことが起こるのは立位や座位の時の下腿などで起こります。
事務仕事などで座った姿勢を長時間続ければ下半身に体液が溜まります。
容量血管である静脈は血液がうっ滞して拡張し静脈瘤や深部静脈血栓症の原因となります。血管外の細胞や間質も浮腫傾向になります。
下半身の体液の還流が悪くなれば脳や胸腹部の体液維持に重要な臓器を貫流する実質的で有効な体液量が減少します。

 これを予防するためにはなるべく動くことです。
筋肉を鍛えたり代謝をよくしたりする運動ではありません。
体液循環をよくするために動くだけで構いません。
Exerciseではなくmovementです。

 運動するのではなく動くだけで体液は流れやすくなります。
運動と違って動くのはこまめに行うことができます。
有酸素運動や筋肉の超回復ではなく、体をぶらぶらさせたりゆすったりするだけでも良いです。
短時間姿勢を変えたり体を伸ばしたりするだけでも構いません。

動いていればある程度筋肉が逆流防止弁のついている静脈をしごいて血流を浴したり、やはり逆流防止弁のついているリンパ管が間質液を心臓の方向に還流させてくれるでしょう。
できればこういう単に動くことを経口補液を併せてちょこちょこ行うのが大切です。

精神科・心療内科で見られる脱水

 精神科や心療内科には様々な身体愁訴や不定愁訴を持った患者さんがいらっしゃいます。
長時間座り仕事をしている職種の人を例に挙げました。

ただ長時間座り仕事をしていない人でも様々な訴えがあります。
その中によく見ると慢性的な軽い脱水、あるいは前脱水状態をきたしているのではないかと見られる患者さんがいらっしゃいます。
身体愁訴であれば他科で検査をしても異常が見つからない、異常があってもそれにそぐわない過大な訴えが見られるので精神的な問題があるのではなどとのことで受診されます。

 特に2021年から2022年の冬季は血液検査などでヘマトクリット値の増加などをきたした血液が濃縮傾向の患者さんが大勢おられました。
東京オリンピックで夏場も自粛が続いたうえ冬季もオメガ株のために外出自粛が行われて家にこもっていた方が多かったこと、出社せずリモートワークなどで在宅勤務が多かったことも関係あるのではないかと推測されます。

 冬はもともと利尿がかかるなどの理由で体のナトリウム量や水分量が低下しやすい時期であると考えられます。
全身の疲労感や倦怠感、頭痛、食欲の変調、ブレインフォグ(頭もやがかかったように頭が働きにくい、意識レベルが低い、意識がはっきりしない)、お肌の問題、動悸や呼吸の苦しさ、のどの違和感、筋肉のこりや痛み、様々な腹部や消化管の症状、腰痛や関節痛、冷えやほてり・のぼせなど熱感異常、夕方の微熱、風邪をひいたり体調を崩しやすい、その他たくさんの身体の訴えがあります。

 そしてそれらはなかなか治らなかったり、治っても元に戻ったり、治ったと思ったら別の異常や違和感を訴えたりと色々な医療機関を受診するドクターショッピングや補完代替医療、様々な健康関係の分野などに至る方々も多いようです。
こういう方の中には全く理由が分からない方もいらっしゃいますが、何らかの傾向に気付かされる患者さん方がいらっしゃいます。

 いくつか挙げますと睡眠不足、過去に体を鍛えたことが現在も運動不足なこと、過去に大きな病気や怪我をして後遺症の残る人、ダイエットのための小食ややせすぎ、血圧が低い傾向があること、心や体に古傷を持っていること、座り仕事でPCなどに張り付いていることが多い仕事の人、過労、過敏、過集中、過覚醒、過緊張などが抜けない人などです。
そういった患者さんに隠れていることがあるのが慢性の軽度脱水あるいは前脱水状態です。

 疲労感や倦怠感、皮膚の弾力や緊張度の低下、顔色の悪さ、粘膜の乾燥、目や表情の動きの鈍さや生気の減少、発話の遅さや発話量の減少、全身の動作の緩慢さや減少、脱力、意欲低下、立ちくらみや頭痛の訴え、心悸亢進、頭痛やブレインフォグ、のどの渇きや口喝、食欲減少、元気のなさや反応の鈍さ、震えや四肢の違和感など様々な症状が見られたり訴えられたりします。
軽度脱水/前脱水状態は単に症状の修飾因子でしかない場合もありますし、補液してすぐ変化を感じないことも沢山あります。

 ただ患者さんにこまめな補水や補液を勧めると元気になる場合があります。
あるいは脱水や体液異常に関係しそうな生活習慣の改善を勧めると症状が改善する場合もあります。
粘膜の渇きや皮膚の弾力、心拍数をはかったりなどの診察で脱水兆候を見ますが診察できなかったり分かりにくい時もあります。

 人体は子供は70%、大人は60%、老人は50%の水分を含んでいます。
これを多いというか少ないというか分かりませんが、体の組成に多くの水分を含んでいるために体液の欠乏や過剰に、これも見方によりますが比較的強いと考えられます。

 特に若くて健康な間はこれで何も問題は感じていないと思います。
しかし子供や老人、体が弱っている人には体液の欠乏や過剰に比較的弱いと考えられます。
そして若くて健康であっても実は体液量の減少、脱水症までいかなくても脱水の影響を受けている場合があります。

脱水親和型社会への変化

 そもそも普通人は水分や塩分を取ると元気になります。

 日本の状況を振り返ってみると、昭和の初めまでは、貧しく公衆衛生も貧弱で、技術や産業の程度も低く、抗生剤も手術もなく、結核などの感染症や空調もよくなくまさに「人生50年」のような時代でした。
人生50年であれば現代の死因の上位3位を占める悪性腫瘍も脳血管性疾患や心血管性疾患は発症しません。
発症前に別の疾患で死ぬからです。

 血管性疾患は動脈硬化が原因の殆どです。
人生50年のつもりで生きていれば動脈硬化のリスク因子である喫煙、高血圧、高脂血症、糖尿病なども予防する必要がありません。
むしろ喫煙、高血圧、糖質は短い人生の質を高めていたでしょう。

 高血圧症からの動脈硬化の予防などを考えなければ体液が多い方が元気になります。
人間はナトリウムとカリウムのバランスが必要ですが特に欠乏しやすいのはナトリウムです。
体液の組成で大切なのは細胞外液のナトリウム濃度です。
細胞内外のナトリウム濃度とカリウム濃度をある一定値に保つために身体のエネルギー全体で最大の30%が使われています。

 生物が海から陸上に上陸して以降ナトリウムの補充が生存戦略の鍵になりました。
一方カリウムは他の生き物を食べていれば余るほどに補充できるのでむしろ過剰が問題になり体はカリウムを捨てるように出来ています。

 普通体液補給とは原始の海の補充である塩水の補給です。
ブドウ糖も入っていると吸収が良くなるので塩水にグルコースを入れたのが点滴注射で帆益する細胞外液補充駅や経口ではスポーツドリンクになります。

 塩と水は体内ではお互い引きあいます。
具体的には細胞外液のナトリウム濃度を一定に保つように水とナトリウムが調整されます。

 しょっぱいものを食べればのどが渇きますし、水ばかり飲んでいるとしょっぱいものが欲しくなります。
塩や水を摂取するとバランスを取るように足りない方の成分を摂取したくなるとともに、過剰な方を排泄しようと身体が働きます。
この排せつの際に時間のギャップが生じます。

 真水を飲んで血管内外の細胞外液のナトリウム濃度が高まると腎臓がすぐに働いて数時間で尿で水分を排泄されますので体液が身体に留まりません。

 ところが塩分をとるとナトリウムは希少で体がナトリウムを体内にとどめようとするため塩分の腎臓からの排泄には数週間かかります。
ナトリウムは貴重なため尿をつくる際にナトリウムが体内に再吸収されるからです。

 このままでは細胞外液のナトリウム濃度が高まりナトリウムの濃度を一定に維持できなくなるため水を飲んでナトリウム溶液を希釈しようとします。
塩分を取ると喉が渇くのはこのためです。

 細胞外液を一定に保つことを恒常性(ホメオスターシス)と言ったのは生理学の父クロード・ベルナールですが、細胞外液の特に電解質組成は太古に海で生まれた多細胞生命体が陸に上がった時から維持されてきたものであるという説もあります。

 塩分の排泄はすぐにいかず数週間かかるので塩分濃度を一定にするために水を増やすことで濃度を維持します。

 結果体液量が増え血圧が上がります。

 高血圧の患者さんが水ではなく塩分摂取を控える様に言われるのがこのためです。

 動脈硬化やそれによる拘束、出血、塞栓など気にしなければ血圧がある程度高い方が人は元気になります。
昭和50年前後以前生まれの人は昔は塩をなめると元気になるとか冬の寒さに醤油を飲んで耐えるといったことを聞いたことがあるかもしれません。

 海辺や岩塩が出る地域でない大陸の内陸地域では塩分の欠乏が問題になります。
内陸国の武田信玄が周辺の戦国武将に塩の輸入を止められた時に宿敵の上杉謙信が「敵に塩を送る」故事があります。
信州には塩尻峠と言う塩が運送されるぎりぎりのところを地名で表したところもあります。
日本でも内陸では塩が欠乏しやすく安定供給が重大事であったことを表しています。

 そもそも江戸時代には塩抜きという刑罰がありました。
塩が与えられないとやる気や活力がなくなります。

 他方で西洋には水を飲ませ続ける拷問もありました。
これはある程度のところで止めないと死にます。

 体液の過剰、欠乏の違いがありますがどちらも体液量の問題のほかに低ナトリウム血症になります。

これの影響を最初に受けるのは神経細胞、特に脳細胞です。
中枢神経系は回路の設計により意味を成すので細胞脱水や細胞浮腫による神経細胞の形状変化により回路の設計が変わると意味がなくなるためです。

 低ナトリウム血症になってくると細胞浮腫がおこりますしこれは高ナトリウム血症でもそうですが細胞のエネルギー消費、特に神経細胞の情報伝達に支障をきたします。
倦怠感、疲労感、意識レベルの低下やひどくなれば痙攣が起こったりします。

 日本人の寿命が戦後60代、70代と延びていき、癌や脳卒中や心臓麻痺が病気や死因として問題になっていきます。
戦前は夏目漱石が49歳、森鴎外が60歳で抗生物質も回復手術も出来ず40代が更年期として体が衰え、人生50年くらいで死んでいました。
医療が進歩し長生きすると若死にしていた時代には発症すらしていなかった悪性腫瘍や動脈硬化と動脈硬化による疾患が問題になります。

 特に寒い東北地方では塩分摂取量が多く脳出血の多発地帯でした。
日本は海に囲まれている上、運輸の先進国で運送、流通が国内で完全に機能していたため塩が安価で容易に手に入る国です。
また貧しい国全体の傾向ですが三大栄養素である炭水化物、タンパク質、脂質の中でたんぱく質が不足しがちで炭水化物を多く摂取する傾向にあります。

 日本食は栄養学的に優秀な食文化と言われますが、そのためしょっぱいおかずを食べるという食生活が普通でした。
そのため日本は世界でも塩分摂取量が多い国でした。
これが高血圧と脳卒中の原因であるということでここ数十年間、現在でもそうですが減塩が啓発されてきました。

 今の若い人達は塩分取ると元気になるなどと言われた時代があったとは知りません。
それに加えて食事の日本食離れや低炭水化物高蛋白質ブームなどの影響で近年では昔に比べて日本人の食事はかなり塩分量が減っています。

塩分減量は体液量を減少させ血圧を下げたり動脈硬化を予防したりするのには効果的です。
しかし血圧が高い人の方が血圧が低い人よりも元気です。
ですから子供や若い女性では起立性調整障害や低血圧症で学校や生活に支障が出ている場合には塩分を取るように指導されることがあります。

 血糖についても浸透圧を極端に高くしてしまうレベルでなければ高血糖の方が低血糖より元気です。
現在では日本人は昔より低塩分で生活しています。

 数十年かけて塩分摂取の減量を行いました。
太く短く若い時の元気を重視して短い命を生ききるよりは、細く長く動脈硬化や高血圧症による臓器の損傷を避け長生きする道を選ぶ事になりました。
ちなみに炭水化物を異化するために必要な水の量はタンパク質を異化するための水の量より少ないうえに、代謝によって生じる代謝水は炭水化物の方が多いです。

 タンパク質は細胞を構成する構造物質であり、必要があればタンパク質を形成するアミノ酸により糖に変換されたり脂質に変換されることもありますが、必要な糖や脂質の欠乏がなければアミノ酸が糖や資質に変換されることはありません。

 昔は部活の練習中にこまめに水分を取るのはNGでした。
昔の習慣で生水は飲むなと言った水道や井戸水の衛生度への不信感や規律を乱すのを嫌う風潮があったのかもしれません。
これもまた上水道の整備や公衆衛生の進歩により「安全と水はただ」のような昭和的な価値観が生まれました。

 現在は軍隊でもスポーツでも登山でものどが渇いていようがいまいが定期的に補水、補液するのが当たり前です。
科学的なエビデンスが出ていますし、そもそも喉が渇いてからでは既に脱水なので遅いのです。

軽度脱水/前脱水状態の対処法

 まず脱水の知識を持って脱水に対する感度を上げて脱水に注意を払うことを覚えると良いと思います。
何かの体調不良、全身か局所化に関わらず不調や違和感を感じたときは脱水を思い浮かべられる感覚を健康ブームの時代の健康意識として持てるようになると人生の知らない間の損や生産性の低下を防げるかもしれません。

 急性の脱水の予防、対処も大切ですが、慢性、習慣性、繰り返す体調の不良、頭痛、ふらつき、食欲不振、便秘、嘔気、動悸など脱水と関係ないと思っても何かやっている時でもふと手を止めて補液してみるといいかもしれません。
つい何かを休憩せず長時間続けていた時にはふと手を止める時に補液と共に軽い休憩や体を動かすこと、周りや外を見まわすこともするといいと思います。

 姿勢を長時間変えていないとどこかしら負担がかかっているかもしれません。
体液循環がいびつになっていたり特に下半身はうっ滞して足がむくんだり痔を悪くしているかもしれません。

 現代は過労社会、運動不足社会と同時に目の使い過ぎ社会ですので休憩の時には目のピントを変えるのも眼科学会では推奨されています。
体を動かしたりあちこち見回したりするのは落ち着きがないと感じられるかもしれませんが、落ち着きがない時があるのも大切です。

 現代は同時に、過集中社会、過緊張社会、過覚醒社会、過敏社会でもあります。
もともと真面目で几帳面で周りの目を気にしがちな人はそれに拍車がかかっているかもしれませんし、休憩の時とはいえ落ち着きがなかったりおかしな態勢や体動をするのは周りの目が気になってはばかられるかもしれません。
生活習慣を変えることになることになるのでそれに抵抗する保守的な気持ちが働いたり、実際実行してみようと思っても忘れてしまったり、長続きしない場合も多いでしょう。

 ただワークライフバランスを含めて現代の働き方、生き方を代えようとする動きは個人側だけでなく社会の方にも働いています。
コロナの期間行動自粛などで体重増加や代謝異常が増加傾向ですし、政府や企業も働き方改革を進めています。

 IT関連の仕事も増えよりコンピュータの前に座る時間が増えていますので座席を固定しないようにオフィスを変えたり、裁量労働やフレックスタイムが広まったり、外資系企業のような働き方が広まって転職する気持ちの有無にかかわらず、常時転職エージェントに複数登録している人も増えています。
コロナが終わっても在宅ワークが選択できるようになっていくかもしれません。

 就労形態も変わり、副業も増え、雇用を選ばず個人事業を選ぶ人も増えるでしょう。
コロナの有無にかかわらず現在の変化は政府が以前から進めていることです。
社会レベルの変化は自分では変えられませんが、習慣は自分で変えられます。
メンタルにせよ身体にせよ不調感や不良感なく元気や健康感がみなぎって生活できるようにするのが健康増進の目標です。

 「安全と水はただ」というのは昭和中期に「日本人とユダヤ人」という本をきっかけに流行った言葉ですが、そのころはまだコンピュータもスマホもなく仕事も紙ベースで仕事の効率もあまり重視されていなかったという意味で今も昔も仕事は大変ですがいまよりのんびりした時代でした。
今は良くも悪くものんびりしていない社会ですので「水」すなわち体液管理にも注意しないといけない時代です。

 冬場はよく人が亡くなります。
身体的な病気亡くなる人も増えますし自殺も増えます。

 特に年配者の死者が増えますが、中でも体が弱ったお年寄りが冬を越えるのは大変です。
お年寄りの身体が弱るのは加齢だけでなく色々な疾患や身体不調を持っているためですが、体が弱って生命が脅かされる時、直接関係してくるのが体液の状態です。

 補液の管理は経口にせよ注射にせよ大切で、血圧や血液濃縮など循環の変化は直接死因に直結します。
体力がある若い人は冬の厳しさで死に至ることはないですが、やはり覚醒度や活気や元気がなくなりテンションが下がる季節ですので生活の質が下がる方が多くいらっしゃいます。

 脱水というと熱中症のある夏が注目されがちですが、冬や循環や発汗など体液の状態が自律神経の変化とともに変わりやすい季節の変わり目もメンタルにも身体にも不快な変化を感じやすい季節です。
そういった変調や変化に対応するために水分や電解質の管理、あるいは水分摂取の半分以上を占める食事への注意、休憩や休息、意識の高いジム通いやランニングのようなエクセサイズでなくても体をこまめに動かす体動で良いので姿勢を長時間固定させないようにするなど、こまめな健康管理に気を使いましょう。

 長時間持続的集中により何かを生み出すことも人生には必要なことがあります。
そういう時に頭の調子よく働いていると感じているのと反対に実際には下がっている場合もありますが、何かを創造するためには時にパフォーマンスの低下よりも情熱的な集中持続の方が大切な場合もあることは理解できます。
ただ身を削る熱情よりは器用さや要領を重視することも、特に現代のように歳を取っても働かないといけない社会には大切なので、休憩、補液、体動をマメに取ることはいつでも意識して実行していきましょう。